宿題を考えるだけで涙する娘

こんにちは。

毎日暑いですね!

昨日は先日に続き近くの川で息子と釣りをしてきました。

ボラ、クロダイ、サヨリ、エイ、カニ、ネズミ😅、などがいましたが、なかなか餌をつついてくれなくて素通りしてしまい、結果息子のクロダイ1匹とカニだけの結果に終わりました。

とにかく暑いですが、釣りが好きだということが体に染み付いているということを再確認。

小学生の頃は、ほぼ毎週と言っていいぐらい親が釣りに連れて行ってくれました。(というか、釣りぐらいしか親には選択肢がなかった😅)

さてさて本題ですが、夏休み前から不登校気味だった娘。

夏休み中に少し気分転換できればという淡い期待がありました。

しかし学校の宿題のことを考えてしまうと途端にイライラしたり悲しくなって涙を流したりします。

多分学校に行かなくてはという気持ちを思い出すのでしょう🏫

今日などは朝からそんな感じなので、夫が「とりあえずちょっと歩いてこよう」と行って無理やり10分ほど歩かせていました。

体を動かして汗をかく

これはやっぱりとても大事なことだと思います。

私自身が本当に何度も実感しているので、特にモヤモヤしている時など良い。

もちろん肉体的にも健康的ですが、脳に対する運動からのアプローチというのはとても効果的だと経験済みです🧠

娘も嫌々出ていきましたが、たった10分でも坂を登ったりすれば汗をかきます。

そのあとシャワーを浴びた後の様子をみますと、なんだか気持ちを切り替えられたらしく普通にゲームをやり始めました。

それまでウジウジと一人で何か言ったり泣いたりしていましたから。

ただ小5の運動嫌いの娘に対して、いくら運動が心身ともに良い影響を与えると説明してもわかってもらえません💧

ですので、いかに少しの間だけでも連れ出すか、かなーり困難です。

せめて興味のある運動があれば・・・と思うのですが、唯一好きなプールも今は閉鎖していますから🏊‍♂️

また釣りをした!暑くて釣れないけど楽しい!

夏休み後の学校について考える

これはもう行かなくていいと思います。

行きたくなかったらとりあえず休めばいいです。

とりあえず好きなことをして欲しいです。

とにかく「家にいてもいいんだよ」ということはしっかり伝える。

現状だと「行けそうもない」です。

実際当日になったらわかりませんが、宿題や学校を思い出すだけで泣くならあと1週間ぐらいでどうにかなるとも思わないかなあと。

ただ行かないことに対して子供自身が罪悪感を感じてしまうみたいです。

「ずる休みしていると言われる」と。

真面目ですね😅

登校しないとして、ずっと家にいた方がいいのか、それとも少しは体を動かす目的で外出した方がいいのか。

それは休むことになってもならなくても、一度外部の機関にも相談してみようかなと思います。

夏休みの宿題はやらなくていいと思います。

それでも国語の漢字などやりやすいものは少しは取り組んでいるようです。

でも少し難しいものになると途端にやる気をなくし、悲しくなったり自分を責めたりする。

それはやれる状態じゃないということですから、本当にやらなくていい。

「こういう訳でやれませんでした」と自分が学校に言えますから。

子供が言いにくいことを言ってあげれるのも親でしょう。

それは娘にも今後まだ続くようなら説明するつもりです。

幼稚園の次男も一丁前にアイパッドでゲームします。

小学校というメインストリート

宿題のことを考えて涙するなんて普通じゃないです。

普通って何だ?ってことですが、以前の娘に比べてということです。

以前も宿題は嫌でしたが泣きはしませんでした。

まだまだ「やらなきゃいけない」という脅迫的な気持ちなのでしょうか。

学校に行かせることを考えたら、娘が現在嫌なことばかりの環境に放り込むことになるので良くなさそうです。

習い事って嫌ならすぐ辞められて、また他に自分に合いそうなものが見つかるのを待つことができます。

小学校ってそうもいかないんですね💧

行けないと「あちゃー」みたいになって「不登校」なんてあんまり良い響きの言葉じゃない呼ばれ方をします。

以前から思っていたんですが、ほんとに「なんで??」

画一的にする方が無理があるでしょう。

多分これから生きていくために基礎的な学力や社会性などを身に付けた方が良い。

小学校の良いところもたくさんあります。

問題はメインストリートが「小学校」なことです。

脇道や迂回路があまり大きく認知されていない。

しかし以前に比べたらフリースクールなどありますし、だいぶ子供の多様性に対して開かれてきているのかもしれません。

「行けない自分」「宿題ができない自分」ってさらに自己肯定感を奪うと思います。

学校の先生は「なんとか無理なく登校できるように」という状況になれるように手助けしてくれると思います。

私がお会いした臨床心理士さん、小児科の先生も「どうせ行かなくてはいけないことに直面するから基本行った方がいい」です。

ある小児科の先生などは「今甘やかすと、引きこもりになったりするケースがある」と仰います。

どれも事実でしょう、もっともです。

しかし何でもケースバイケースです。

その子供や家庭環境など様々だからです。

だから自分の子供をよくみて対応した方がいいと思います。

他の機関や団体にも相談してみることも考えてはいます。

今日もまたモス行くか〜⁉️☕️

親として

正直子供たちは学校嫌いでしたから、なんとなく行けなくなったらどうしよう的な不安はありました。

そういう傾向があった子供たちだったということです。

それが現実になりつつある。

私が「子供が学校が嫌い」という子供の意見について「それでいいんだよ」と同意したから?

私が子供たちの幼少期に、他の子供たちの親と約束して一緒に遊ばせたりしたことがあまりなかったから?

「私がこうしたから?」はいくらでも出ます。

しかし同じ状況でも学校に行く子は行くし、親が御膳立てしなくても友達が出来る子はできるんです。

私なんて親がそんな場所を用意しなくても勝手に近所の子と遊んでいました。

それと小さい頃は、物心ついた時から「いつの間にか」超人見知りでした。

ですから、これからどうしましょう。

そうです、どうしていくかを考えるしかないんです。

学校だけに縛られないで、もっと高いところから俯瞰してみるしかありません。

外部の人間と接触したり、勉強を続けていくためにはもっと道はないだろうか?

それを考えるしかない。

これからもっと社会が、そして人が多様化していくかもしれません。

これから多くの人が考える必要のあることです。

私はたまにくじけて涙するような辛い思いをするかもしれません。

でも広い世界を考えると自分だけではないでしょう。

親ももっと外部と関わって情報収集した方がいいかもしれません。

そしてもっと発信していくことです。

結果親自身も必ず成長すると思います。

目標はみんな笑顔でいることです。

ちょい話・自分の親の時代

両親は中学までしか行っていません。

母親は小学校時代体が弱かったので休んでばかりいたそうです。

田舎に住んでいましたが、中学を卒業すると早速働きだしました。

もちろん働かないと家が困るからです。

別に高校まで行かなくてもそんなにおかしくない環境でした。

働く時期や理由に関しては父親も一緒。

母親は親戚に呼ばれて都会に出てきて飲食店を手伝ったそうです。

その後結婚して夫婦で小さな飲食店を営み現在に至ります。

収入は一般的と言われるサラリーマンの年収よりずっと多かったです。

学歴がそのように無くてもなんとかなった時代かもしれません。

今はどうでしょう?

やはり最低高校卒業資格までないとなかなか雇ってもらえず下積みもできない時代でしょうか。

自分の親が学歴が高くなくてもそれなりの収入が得られたからと言って、自分の子供たちも学校行かなくても大丈夫だとは思いません。

時代が違いますから。

自分で起業すればなんとかなるよ、なんて適当なことも言えません。

ですから最低限高校卒業までは、娘になるべく合った道を共に探していければいいと思っています。

そしてその道の途中に、いつかメインストリートに戻れていたらそれはそれで結果オーライ?

でもでも、メインストリートを歩いたからって娘が幸せになれる保証などないです。

ただメインストリートを歩いている間はみんなと一緒で「安心」なんだろうなあと思いました。

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